海賊版「ドラえもん」の思い出

14991649

本文的中文加料版請見:盜版《小叮噹》的快樂回憶與心靈創傷

第二次世界大戦末期の昭和20年3月、日本軍は南海の無人島で巨大な宇宙人を捕獲した。軍はこのガ壱号と名付けた宇宙人を対米軍用の超兵器にしようと目論み、海堂少尉にガ壱号の使用する言語の解読を命じた。海堂はガ壱号の言語とポリネシア語との類似性に気づき、ガ壱号に日本語を教えることに成功する。

海堂と心を通わせたガ壱号は、大東亜共栄圏の理想に共感し、同年4月1日、日本兵として初陣。身体能力もさることながら、宇宙服・短銃(射程20km相当の光線銃)を駆使し、米軍の沖縄上陸や広島・長崎への原爆投下などを阻止。遂には日本を逆転勝利へと導き大将へ昇進するとともに「帝国"最大の"軍人」と讃えられた。感激したガ壱号は日本への帰化を希望するが、食料事情に加え彼の力を脅威と感じた軍本部は、ガ壱号の処分を海堂に命じ、青酸カリを飲ませようと試みるが…

ーーウィキペディア《超兵器ガ壱號》のあらすじより

自分は4−5歳の頃から、藤子先生の「ドラえもん」の愛読者となっていた。
Details »